【イベント】蒲生氏郷公墓前祭
- eiichi shinjo
- 2 時間前
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日時:9月5日(土)10:00~10:40
場所:興徳寺 本堂 会津若松市栄町2−12
本年も、氏郷公の菩提寺である興徳寺様において、墓前祭が執り行われます。
会津の礎を築いた蒲生氏郷公を偲び、その功績に感謝しながら、皆さまとともにご冥福をお祈りします。

《蒲生氏郷とは》
戦国時代から安土桃山時代に活躍した武将です。
1556年、現在の滋賀県日野町に生まれ、織田信長、豊臣秀吉に仕えました。
その後、伊勢松ヶ島(三重県松阪市)へ移り、城下町の整備や商業の振興に力を注ぎました。
1590年には、豊臣秀吉から会津の地を与えられ、会津へ入封。
黒川城を改修し「鶴ヶ城」と改めるとともに、城下町の整備を進め、商人を招くなど産業の振興にも取り組み、会津の発展の礎を築きました。
《茶の湯を会津へ》
氏郷公は、千利休の高弟「利休七哲」の一人としても知られる、茶の湯の名人でした。
会津に入封した氏郷公は、利休の子である千少庵を会津に招き、茶の湯の文化を会津に伝えたとされています。
その千少庵が茶室を建てたと伝えられているのが、鶴ヶ城内にある「麟閣」です。
麟閣は、会津に残る貴重な茶室として、現在も大切に保存されています。
氏郷公は、城下町や産業だけでなく、茶道をはじめとする文化の面でも、会津の礎を築いた人物だったのです。
《京都にも眠る氏郷公》
氏郷公は1595年、40歳という若さで京都で亡くなりました。
その墓所は、京都・大徳寺黄梅院にあります。
会津若松市の興徳寺にも氏郷公の墓があり、遺髪を分けて埋葬されています。
《日野・松阪・会津をつなぐ氏郷公》
氏郷公の足跡は、滋賀県日野町 → 三重県松阪市 → 福島県会津若松市へとつながっています。
生まれ故郷の日野、城下町づくりに力を注いだ松阪、そして、まちの発展の礎を築いた会津。
400年以上の時を超えて、今もさまざまな地域をつなぐ蒲生氏郷公。
その歩みと功績に思いを寄せながら、墓前祭にご参列、ご焼香賜りますよう、謹んでご案内申し上げます。



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